その一 雪月花の秘密
この刀が、私の決意の証----
ドカッっと大きな音が響く。銀時が苛立ち気味に【大江戸警察所】と書かれた看板を蹴り上げた音だ。時は少し戻りあの爆弾騒ぎの後、攘夷志士の桂と会っていたと言う事で、万事屋のメンバーも仲間なのでは?と疑われ結局連行されてしまった。真選組と言う組織だけあって、建物は大きく立派だ。パトカーで4人が連れて来られるなり、別々の部屋で聞き込みをされる事になりは小さな一室に連れて行かれた。警察ドラマで良く見られる、所謂【取調べ室】と言う物だ。案内役らしき男に、担当が来るまでココで待てと言われ出されたお茶にが僅かに微笑んで礼を言う。その彼女の綺麗な微笑みに男が僅かばかり見惚れていたのは、当の男しか知らない。
どれくらい待っただろうか、部屋の外から足音が聞こえると扉の前に人が立つ気配がし漸く担当の男が現れた。
黒髪の男「単刀直入に聞く。指名手配犯の桂とは知り合いか?」
「知り合いと言えばそうなりますね・・・。私の仕事場の上司が桂さんと昔の馴染みなんです」
は昼頃に飛脚のバイク便がお登勢の店に突っ込み、怪我をした飛脚の男に荷物を頼まれ戌威大使館に持って行きそこで桂と出会ったのだと、正直に話した。唯一つ銀時が昔、桂と共に攘夷戦争に参加していた事だけは伏せておいた。桂が再び銀時に共に戦おうと言っていた時の銀時の瞳が、僅かに揺れた気がしたからだ。銀時も同様、軽々しく口に出来ない悲しみを抱えているのだと思った。何時か話してくれるだろうか・・・?理由は分からないけれど、彼の事をもっと知りたいと思う自分が居た。暫く黙っての話を聞いていた男はタバコを取り出し火をつけた。
黒髪の男「・・・大体の話は分かった。桂がお前達を連れて行かず逃げた所を見ると、お前の話は嘘じゃねーみたいだな」
年はそうと変わらないだろう。顔立ちは整っているのに彼の特徴的なやや鋭い目つきのせいで、近寄りがたい印象を受ける。しかし、の話を黙って聞いてくれた事から決して悪い人間では無いのだと思う。ホッと一息ついたは肩から力を抜いた。
「信じてくれて、有難うございます。他の3人も帰れますよね・・・?」
自分の事より、一番気がかりなのは銀時達だ。新八は大丈夫だと思うけれど銀時と神楽は・・・。不安げな表情で黒髪の男に聞いてみると、が自分の事より3人の事を心配してる様子をみせ少し驚いた顔をした。
黒髪の男「お前・・・自分の事より人の事気にしてる場合か?」
「そんなの当たり前ですよ。3人は、私にとって大事な仲間ですから」
メチャクチャだけど、温かくて居心地が良くて・・・。共に居ると楽しくて・・・。いつの間にかの心の大半を埋めてしまっている、万事屋の3人。が笑顔でそう答えると、男は驚いた様にを見つめ吸っていたタバコをポトリと落とした。
黒髪の男「・・・。他の奴らならもう帰した。だが、お前にはまだ聞かなきゃいけねぇ事があるんでね。まだ帰す訳にはいかねぇんだよ」
「何でしょうか・・・?お話出来ることは全て話したつもりなのですが・・・」
黒髪の男「聞きたい事ってのは、お前が腰に下げてるその刀だ」
「・・・」
黒髪の男「昔は、女の侍何て珍しいもんじゃなかったがな。天人がこの星に来て廃刀令をしいてからは、侍どころか刀を持ち歩く奴は居なくなったんだ」
廃刀令の事は江戸に来て知っていた。旅をしていた頃はまだ刀を下げている人達は多かったけれど、江戸に来てからはまったくと言って良いほど見なくなった。銀時や新八は木刀を下げているためお咎めは無いけれど、の刀はまさしく本物だ。
黒髪の男「返答によっちゃあ、お前を連行させてもらう」
「・・・分かりました。けれど連行するのはこの刀を見てからにしてもらえませんか・・・?」
そうが言うと、腰に下げた愛刀雪月花を鞘を付けたまま黒髪の男に渡した。黙って受け取った男は慣れた様子で鞘から刀を抜き放つ----
黒髪の男「!?こりゃ・・・珍しいな。話には聞いちゃいたが実際にあるとはな・・・」
部屋の明かりに美しく光る雪月花の刀身。男が驚いた理由、それはの刀が普通では無かったからだ。刀というものは日本固有の方法で作られた刀剣の総称。軟らかい鉄を芯(しん)(心鉄(しんがね))として硬い鋼(はがね)(皮鉄(かわがね))で包む独特の鍛造法が用いられ、切れ味と造形的均整美にすぐれたものが多い。それは一見美しい物だが、あくまでもその利用方法は人を傷つけ殺す事を目的とされたものだ。しかし雪月花の刀身に刃は無かった。本来人を斬り付ける刃の部分は、滑らかな作りになっており斬りつけた所で傷を負わす事は出来ないだろう。
【逆刃刀(さかばとう)】って言います。私は人を斬る為に雪月花を握っている訳ではありません。人を護る為に雪月花を握っています。だから銀さんが経営している万事屋にお世話になっているんです」
出来る事なら、人を傷つける事態何て起きて欲しくない。けれど旅をする中で一番痛感したのが、例え傷つけたくないと願っていても話で全てが解決出来る事では無かった。時には銃を向けられ、刀や剣を向けられたりもした。だから、せめて殺さない様にと願いを込めてこの雪月花を握っている。だから必死で刀の扱いを学び、少しでも弱い者を護る為に努力したんだ・・・。
の言葉に再び黙り込む黒髪の男。その時、部屋の外から再び足音が聞こえた----
???「土方さん、刀を持っていたからって逆刃刀じゃ何も悪さは出来やしませんぜ。それに見た所、そんな事する女にも見えませんでさァ」
部屋に入って来たのは大分年若い、まだ少年と呼んでも良い男の子だ。栗色の少し長めの髪に特徴的な喋り方をする。
土方「総悟・・・てめぇまた仕事サボりやがったな」
沖田「俺は沖田 総悟(おきた そうご)って言いやす。アンタの名前は?」
「 です」
土方の話をまったく聞いていないのか、総悟と呼ばれる少年はに名前を尋ねる。その様子に苛立ちげに総悟を睨み付ける土方。
沖田「そうだ、土方さん。近藤さんが緊急招集とかで呼んでましたぜ。早く行かないで良いんですかィ?」
土方「そうか・・・。って総悟お前も来んだよ!!とかって言ったな。俺は土方 十四郎(ひじかた とうしろう)っつうんだ。取り合えず今日は帰してやるが、問題はおこすんじねぇぞ」
そう言って残ろうとする総悟を引きずって連れて行く土方。総悟を引きずりながら土方は声を潜めて言葉を紡ぐ。
土方「総悟、どう思う」
沖田「何がですかィ?土方さん」
土方「とぼけるんじゃねぇよ、あのって言う女侍の事だ」
沖田「ベッピンでしたねェ。あの人、俺が部屋に入る前から俺の事気づいていたみたいですぜ。相当強いですね、ありゃ」
常人では到底、部屋に入る前から人の気配に気づくなんて芸当は出来ない。相当の修練を重ねた結果なのだろう。
土方「しかし・・・あの瞳の色、どっかで見た気がするんだがな・・・」
沖田「土方さん、一目ぼれですかィ?抜け駆けは許しませんぜ」
彼女の美しい紫色の瞳。まるで全てを見透かされそうな感覚に陥ってしまうあの瞳の色が、土方はなぜか無性に気になった----
頭を過ぎるのはあの時、貴方が見せた悲しい瞳