傍に居られるだけで・・・  第八訓  目覚める兆し   



苦しむ貴方に、何も出来ない無力な私----



時に、【願い】や【想いの強さ】とは人に想像も出来ない様な【奇跡】を起こす事がある----





「お大事になさって下さいね」


そう言うと、笑顔でお客さんを見送った。と言うのもが今居るのは時雨が営む薬局店【朧】である。すっかり看板娘?となった彼女はその人柄もあるが、時雨から学ぶ薬剤や治療の知識を覚える速度が早く、時雨が検診で店に居ない時でも一人で任せられるまでになっていた。
時刻は、そろそろオレンジに染まろうかと言う頃。そろそろ時雨が帰ってくるだろう。自分も帰りの仕度をしようと言う時、入り口の扉を開く音が聞こえた。


「あ、時雨さんお帰りなさ----」


笑顔で時雨を迎えたつもりのだったが、どうやらお客様だったらしい。歳の頃は時雨と同じであろうか、少し長めの黒髪をした男性だ。慌てて申し訳ありません!と相手に伝え、今日はどんな御用ですか?と尋ねれば、時雨は居ないか?と訪ねられた。


「申し訳ありません、時雨さんは今検診に出ていまして・・・。もうすぐ戻ると思うのですが、お急ぎでしたら私が承ります」


???「そうか・・・。また寄らせてもらうよ。見ない顔だけど新しい店員さんですか?」


「あ、はい! と申します。冬頃からこちらで働かさせて頂いてます」


???「ハハハ、そうだったのか。時雨に【陽炎(かげろう)】が訪ねた。と伝えてもらえるかい?そう言えば分かると思うから」


「承知致しました。必ずお伝えします」


そう言うと男性は店を去っていった。帰り際に一瞬見せた微笑が冷たい様な悲しい様な・・・。そう感じられた。
この何処か漠然と湧き上がる不安が気のせいであれば良い・・・。そう思うであった。


時雨「ごめんなさいね、今戻りました」


「お帰りなさい、時雨さん」


漸く帰ってきた時雨に、さっそく先程の男性の話をする。陽炎と名前を出した時、普段はあまり表情を崩さない優しい微笑が一瞬曇った気がした。


時雨「そ、そうなの。悪かったわねさん。今日は有難う。帰って良いわよ。またお願いしますね」


そう言うと店の奥に行ってしまった時雨。お疲れ様でしたと声をかけも帰路に着いた。
空を見上げれば、いつの間にか暗くなっていた。の不安を映し出した様に空はどんよりと曇っていた。




アナウンサー「えぇー。ココで緊急速報をお伝えします。突如南から江戸に向けて大規模の【台風】が接近していると情報が入りました。台風は驚くべき速さで勢力を拡大しており、今日の夕方から夜半にかけて----」


銀時「んァ?台風って・・・。おぃおぃ江戸に向かって来てんのかァ・・・?まぁ俺にゃ関係ねェな。うん。」


今日も相変わらず依頼の無い万事屋である。銀時は相変わらず特等席で愛読書のジャンプを読んでいた。新八と神楽は何やらお妙に呼び出され買い物に行ってしまっていた。収入が無いのに久しい万事屋はけして裕福ではない。しかしと言う存在があればこそ、贅沢ではないがご飯も食べる事が出来、恐怖のお登勢からの家賃の回収もが来てからと言うもの、訪れることは無かった。
本当に出来た女だと思う。突然ココに住まわせて欲しい!などど言われた時は正直驚いた。しかし、自分達とどうしても一緒に居たいのだと彼女が話してくれた【理由】。それはお世辞にもけして幸せな生活では無かったと思う。しかし、自分達に憧れていたんだと言われれば悪い気はしないし、新八があの時言ってた様に何に対しても一生懸命で、真っ直ぐで優しい人だった。自業自得なのだが、銀時のだらしなさゆえ新八や神楽に過激なツッコミ?もとい、愛情表現のせいで吹っ飛んでいく銀時を見てはは慌てて治療してくれていた。彼女くらいだろう、こんなにだらしない自分に文句の一つも言わず傍に居てくれるのは・・・。
惚れた欲目ではけして無いが、彼女は綺麗だと思う。顔の作りは勿論なのだが、新八や神楽を見る慈愛に満ちた表情。周りの心まで温かくしてしまう笑顔。腰の下まで伸びる黒髪は、今まで見てきたどんな髪より艶やかだ。
ふと、彼女の事を考えていた時思い当たった。彼女は今日は仕事に行っている筈だ。もしかしたらニュースを見ていないかもしれない----
慌てて外を見れば、雲は暗くどんよりしており今にも雨が降り出しそうだ。銀時は慌ててバイクのキーと傘を取ると愛車があるであろう裏口に向かって行った。


は暗くなる道を一人歩きながら後悔をしていた。陽炎と時雨の事が気になり、考え事をして店を出てしまった為傘を借りてくるのを忘れてしまった。


「はぁ・・・。帰るまで降らなければ良いのですが・・・。急いで帰りましょう」


そう言うと走り出した。しかし前方から光が向かってくる。何だろうと目を凝らしてみれば、暗くたって間違えるはずの無い綺麗な銀髪が----


「ぎ、銀さん!?ど、どうしたんですか!?」


銀時「どうしたって・・・。ちゃん傘持って来てねぇじゃないかと思ってよ」


「えっ!?わ、態々私の為に来てくれたんですか・・・?」


銀時「あぁ〜・・・アレだ、アレ。今日読んでたジャンプが面白くて!同じもの買って来ようと思ってたんだよ。迎えは、アレだ【ついで】だ」


銀時は照れたり嘘を付く時は良く「アレ」をつける。まさか自分を心配して来てくれるなんて思ってなくて・・・。そんな銀時が可愛いと感じクスクス笑いながらは言った。


「ついでだとしても、有難うございます。銀さん」


そう笑顔を向ければ


銀時「お、おぅ。ー、後ろ乗れよ。雨が降り出しそうだしな〜」


「あ、はい!」


そうは言えば急いで後ろに乗り込む。しかし中々走り出そうとしない。疑問に思い銀時に尋ねれば----


銀時「ちゃ〜ん。そんな捕まり方してたら落ちますよ〜?」


そう言われて自分の捕まっている場所を見てみる。何処に捕まれば良い何てが知るはずも無く・・・。銀時の着流しに遠慮がちに捕まっていた。


「で、でもっ・・・」


そう言って慌てだしたの行動に何を思ったのか、銀時はまた人の悪い笑みを浮かべ----


銀時「バイクに乗る時は・・・、こうっ!」


そう言っての両手を掴み自分の腰に回してしまった。


「っっっ!?」


銀時「あ、離すの無しね。離したらまたペナルティーだから」


「そ、そんなっ!?」


が銀時に口で勝てるわけも無く・・・。2人を乗せたバイクは走り出してしまった。真っ赤になった頬に感じる銀時の背中の温もりと、男の人の匂い・・。うるさい位に鳴り響く心臓の音を銀時に知られません様にと小さく祈った。何気ない日常に出来た【小さな幸せ】。




暫くバイクを走らせていると、ポツポツ雨が降り出してきてしまった。万事屋までそう遠くは無い。少しスピードを上げるぞっとに言ってバイクのスピードを上げた。万事屋に着く頃には、ポツポツだった雨も激しくなり2人はびしょびしょに濡れてしまった。
先に部屋に上がったは慌てて寝室に向かいタオルを取ってきて銀時に渡す。礼を言う銀時に微笑んで今度は風呂場に向かい、慌てて湯を沸かした。


銀時「ー。銀さん、風呂後で良いから先に入れェ〜」


そう言う訳にはいかないと伝えれば、良いから良いからとサッサとソファーに座ってしまった。
暫くして、風呂が沸き申し訳無い気持ちで先に入らせてもらった。待たせてはいけないと、サッサと済ませ銀時にお風呂を勧めた。銀時が風呂場に向かい、は何か食べる物を作ろうと台所に向かおうとすると普段余り鳴る事の無い電話の音が。
が出るとどうやら新八の様だ。お妙に誘われて買い物に行っていた2人は、突然降り出した大雨に万事屋より近かった恒道館に非難し台風の事を知ったのだと言っていた。この雨では帰れないので今日はこのまま神楽を泊めますとも。


「分かりました。お妙さんに宜しく言っておいてくださいね」


そう言って電話を切る。今日は銀時と【2人きり】・・・。万事屋に住みだしてから初めてかもしれない。赤くなる頬を押さえ、慌てて台所に向かう。何を考えているのだ・・・。銀時は自分の事など何とも思って居ない。普段優しいのは【万事屋のメンバー】だからだ。額にキスしたり、抱きしめたのは自分をからかっているだけなのだ・・・。痛む胸を押さえ、慌てて考えを料理に向かわせた・・・。


料理が出来始めた頃、銀時が風呂から上がってきた。すぐにご飯になさいますか?と聞けば少しだけ間を空け、頼まァと返してきた。
普段神楽と3人で食べる夕飯。テレビを見ながら一々反応する神楽が賑やかで、それにツッコミを入れる銀時。初めて2人でとる食事は何だか静かだった。


食事が終わり、暫く2人してテレビを見ていると時刻は0時を差そうとしていた。そろそろ布団の用意しますねっとが立ち上がろうとすれば----。行き成り隣から引っ張られた腕。気付いた時には銀時に座りながら横から抱きしめられていた。突然の事に頭がショートしてしまった。どれ位経っただろうか・・・、慌てて銀時に問いかけた。


「ぎ、銀さん?いきなりどうしたんですか・・・?」


銀時「・・・。俺ァ・・・お前が・・・」


銀時の低く心地よい声が耳に届く。愛しいその声には抵抗など出来るはずも無く・・・。体から力が抜けてしまう。銀時の抱きしめる身体は熱い。自分の顔も負けないほど赤いだろう。なぜ抱きしめられているのか?銀時が自分に何を言おうとしているのかには分かるはずも無く・・・。余りにも心臓の鼓動がうるさくて、少し身をよじれば銀時が少し身体を離してくれた。
銀時が言葉の続きを言う事は無く、見詰め合う瞳と瞳。銀時の熱を帯びた紅い瞳から目が離せない・・・。少しづつ近づく唇と唇----



その紅い瞳からは逃げれない----





あと数cmで重なり合おうとした瞬間、銀時の身体がの横を通り過ぎていった。鈍い床に叩きつけられる音。漸く正気に戻ってその音を辿れば倒れている銀時。


「ぎ、銀さん!!!!!!」


慌てて駆け寄ると、呼吸を乱した銀時。はまさか!っと銀時の額に手を当てる。


「っ!?熱い!!!」


抱きしめられた身体が熱く感じたのは気のせいなんかじゃなかった・・・。熱を帯びた瞳は高熱のせいだった。
倒れた銀時を何とか布団へ引っ張っていく。女の自分の力ではとんでもない重労働だ。漸く布団に寝かせ、桶に水を入れたものを用意する。普段何かあった時にと時雨が渡してくれた専用の常備薬。そんな時雨に心からお礼を良い、持ってきたタオルを水に濡らし銀時の額に乗せた。
熱が高いせいで意識が無い銀時。薬を飲ませ無ければならない・・・。この台風のせいで医者を呼んで注射を打つことも出来ない・・・。


「銀さん・・・。ごめんなさい・・・」


そう言い、意を決する。恥ずかしいなどと言ってられない。肺炎でも起こせば命に関わる・・・。自分がいけなかったのだ。家に着いた時に無理やりにでも先に風呂に入ってもらえばこんな事にはならなかったかもしれない。時雨から貰った薬を口に含む。それを意識の無い銀時に飲ませるため重ねた己の唇・・・。




にバイクの後ろに乗れと言えば慌てて後ろに乗る彼女。そんなに慌てなくても良いのに、と思いながらもそんな彼女が可愛らしい。そして僅かばかり自分の着流しを掴んでいる。そんな彼女にそれでは落ちるぞと言えば、顔を赤くして慌て始めた。
そんな彼女の行動に愛おしくなると共に、銀時の中に悪戯心が沸いた。中々捕まろうとしないの両手を掴み、無理やり自分の腰へと回してしまう。慌てて離そうとする彼女に止めの台詞を言う。前回のキスが効いているのだろう、ペナルティーだと言えば素直に腰に手を回したままになった。バイクを走らせながら、ふと自分の腰に回されたの腕を見る。普段外に出ないわけでも、ましてや神楽の様に日中傘をさしてる訳ではないはずだ。その細い腕は余りに白く・・・。日焼けなどした事が無いかのようだった。まるでこのまま消えてしまうのでは?そんな考えが過ぎ去り銀時は彼女の腕を掴もうとしたが、自分がバイクを運転してしまっているのと余りの不可解な自分の考えに呆れて、その腕を掴むことは無かった。
今だけは彼女は自分を見てくれているんではないかと思え、心に浮かぶ小さな幸せに感謝する銀時だった。


万事屋についてを先に風呂に入らせ、自分もその後に入った。雨で冷えた身体が温かい湯で包まれていく。ふと感じた頭の痛みが少し気になったが、気のせいだろうと思った。


風呂から出るとがすぐにご飯になさいますか?と聞いて来た。正直言うと、少しづつ痛み始めてきた頭痛のせいであまり食欲は無かったがせっかく作ってくれたに心配をかけるわけにもいかず、食べる事を伝えた。食事を温め直しに台所へ向かった彼女を背に、銀時はソファーに座り先程のやり取りを考えていた。すぐにご飯になさいますか?と言われたとき、彼女はそんな事意識もしてないのだろうけどまるで夫婦がする会話に思えてしまい、不覚にも一瞬言葉が詰まってしまった。そんな彼女の天然さに鈍いのも困り者だなっとため息をつく。


食事が終わり、頭の痛みは増してくるばかり・・・。布団をしいてきますと席を立とうとしたを慌てて自分の胸に抱きしめてしまった。神楽も新八も今日は居ない。こんなチャンス2度と無いかもしれない。何度か気持ちに気づいてから、想いを伝えようとしたがことごとく2人の従業員に邪魔されていた。だから今は伝えるチャンスなのだ。激しくなる頭痛を我慢して言葉を紡ぎ、想いを告げようとしたその時自分の身体は思うように動かなくなり、見詰め合っていたの揺れる瞳を最後に意識が無くなっていった----



どれくらい経っただろう。薬を飲ませたはずの銀時は相変わらず荒い呼吸を繰り返している。そんな銀時が心配で、心配ではずっと手を握っていた。自分は何の為に、ココへ来たのだ?何の為に朧で働いているのだ?すべては銀時を助ける為ではないか。危険な依頼で傷ついた時、苦しんでいる時に自分は少しでも役に立ちたくて3ヶ月頑張ってきたのでは無いのか?いざこうやって苦しんでいる銀時が目の前に居るのに自分は何も出来ていないのだ。
自分が情けなかった・・・。悔しかった・・・。結局自分は口だけだったのだ。大事な時に役に立てない【私】。銀時の手を握りながら必死に願う。銀さんの苦しみを少しでも私に分け与えられれば良い。私はどうなっても構わない・・・。神様が本当に居るのならば、私は残された時間何て無くて良い。銀さんを助けて下さいと。助けたいと何度も、何度も祈った。溢れてくる涙は止まらず、銀時の握る手に涙は静かに落ちていった。



この時、彼女は知らなかった。必死に銀時の苦しみを和らげたいと願う【純粋な想い】が起こした奇跡を。握られた銀時の手から僅かに光が溢れ高熱にうなされている銀時の表情が安らかに変わっていた事に----



目覚め始めた【力】。その力が、これから先の2人の【運命】を蜘蛛の糸が絡んだ蝶の様に、逃れられない【試練】へと導いて行く----






無力な私。ただ、貴方に笑って居て欲しいだけなのに