傍に居られるだけで・・・  第三訓  江戸での生活   



貴方の為に、私が出来る事----



まずは恒道館に行こう。この世界の地理も生活も知らない私にとって、まず知らなければいけない事だ。
想像していた感じの恒道館は、失礼かもしれないけど小さな寂れた道場だと言うイメージがあった。だから人に場所を聞いてももしかしたらたどり着けないのではないかと少し不安だったが、どうやら色々な意味で有名らしい。
と、言うのも姉弟2人きりできりもりしていて綺麗な姉が居るとなればやはり男心にグッと来るのかもしれない。私が恒道館の場所を聞いた男の人が一瞬怯えた様子を見せたのは気のせいだろうか・・・。丁寧に道を教えてくれた男の人に、礼を言いしばらく歩くと道場らしき建物が見えてきた。


「ココが新八君とお妙さんが大切にしている道場なんだ・・・」


夢小説でしか知識は無いけれど、どんなにお妙さんが大切にしているか知っている。そんなお妙さんを支えようとしている新八君の気持ちも。
病院でしか感じられる世界しか知らない私にとっては、2人がとても羨ましかった。自分にとって大切だと言える場所・・・。いつか胸を張って言えたら良いなと思う。胸に拳をつけてギュッと握る。そこには固い感触。そっとそれを懐から取り出してみる。
夢の中で出会った不思議な声の持ち主が、ココに飛ばされる前に持たせてくれた物の一つである金銭の入った袋。私が自分を磨きたいと願い出た時にまったくの手ぶらでは色々不便だろうと持たせてくれた。自分が着ている着物だってこの世界に早く溶け込めるようにと変えてくれた。白い着物の上着と黒の袴。あの声の人物が居なければ、今の自分はココに居ることすら出来なかった。そんな我侭を聞いてくれた恩人が居る。もう後には戻れない。精一杯後悔の無い様にこの世界で自分は生きていくのだと、改めては決意する。
ようやく、入り口の門構えを発見し緊張しながらも尋ねて見た。


「ごめんください、どなたかいらっしゃいませんか?」


軽く、玄関の扉を叩いてみる。しかし中から返事がする事は無い。時計を持っていないには正確な時間が分からなかったが、太陽が昇る場所から見て昼頃ではないかと思う。もしかしたら、新八君は万事屋に出かけている時間かもしれない。お妙さんも夜の仕事をしているせいで今は眠っているのかもしれない。自分の短慮な考えの浅さにため息をつき、また出直そうと踵を返した時----


???「は〜い、あら?どなたかしら?」


そこには綺麗な笑顔を向けたお妙さんが居た。



お妙「お待たせしたみたいでごめんなさいね」


ふふふっと笑顔を向けながら言ったお妙さんは、居間まで私を案内してくれた。


お妙「玄関から来るお客様なんて珍しいから、驚いてしまったわ。うちには所構わず出てくる野生のゴリラが居るものだから」


お茶を出してくれたお妙さんが言った。真選組の近藤さんの事だろうか・・・。野生のゴリラと発言したときのお妙さんの顔が、一瞬綺麗な笑顔から般若の様に見えたのはきっと気のせいだ。私は引きつっていく顔を何とか抑えながら言葉を発せずに居ると----


お妙「所で、うちにはどんな御用でいらっしゃったのかしら?」


「あ、申し送れました。私は と申します。ここを尋ねたのは、剣術道場があると伺い参りました。
どうか、私をココで門下生として住み込みで置いてはもらえませんでしょうか?」


お妙「・・・うちは昔でこそ父が営んでいた剣術道場だったけれど、今では門下生が1人も居ない寂れた道場よ?今は廃刀礼がでている世の中。貴女の様な若い娘さんが剣術を磨きたいなんて何か理由があるのかしら?」


「・・・守りたい人達が居るんです。私に守られる様な弱い人達ではないけれど・・。少しでも傍に居たいんです!」


それはがココに来る上で一番最初に強く思ったこと。1分でも、1秒でも傍に居たい。小さな事でもこの目に焼き付けたい。この世界から消える間際まで後悔の無い様に、笑って居られる様に。
そう願ったの目は1点の迷いも無く強い眼差しをしていた。


お妙「・・・ふふふっ、その決意は強いのね。分かりました。そのお話受けましょう。私には弟が居るのだけれどその子に教わると良いわ。住み込みも部屋だけは沢山あるから好きに使って頂戴。私は姉の志村妙よ。さんこれからよろしくね」


「あ、有難うございます!」


深く追求もせず、快く引き受けてくれたお妙。きっと、誰よりも銀さんの近くに居る女性。私の知識なんて関係無しに素敵な人だった。少し痛む胸を隠しながらは笑顔をお妙に向けた。




ようやく、住む場所と自分の身を守る術を学べる場所を見つけただったがもう一つやらなければいけない事がある。


「お妙さん、この辺りに・・・近ければ近いだけ有難いのですが医療の術を学びながら働けそうな場所はないでしょうか?」


お妙「そうねぇ・・・そういえば近くに新しく小さな診療所が出来たって聞いたわ。人を雇っているか分からないけれど、行って見てはどうかしら?」


「ほ、本当ですか!?有難うございます!さっそく行って見ます!」


お妙「ふふふっ、どう致しまして」


そう言うと少し待っててと言ってお妙が自分の部屋に行ってしまった。言う通り数分待っていると何やら紙を手渡してくれた。どうやらその診療所の行き方が書いてあるメモの様だ。


「お妙さんこれ・・・本当に有難うございます!」


お妙「良いのよ、何だかさんてすごく一生懸命で応援したくなちゃうのよ。気にしないで」


お妙の言葉に感謝しつつ、何度も頭を下げてさっそく診療所に向かってみることにした。


お妙「不思議な人・・・」


が出て行ってしまった後、呟いたお妙。彼女とは出会って数十分しか経っていない。でも「大切な人を守りたい」と真っ直ぐな瞳で言っていた。とても、とても純粋な思い。助けてあげたいと思わせてしまう。


お妙「ふふふっ、これから楽しくなりそうね」


そう言うと、お妙は新八に理由を話すため万事屋に電話をしに行った。今日は彼女の歓迎会だからと。



お妙が書いてくれたメモはとても分かりやすく、場所も近い所にあったせいか診療所はすぐに見つかった。
小さいけれど、淡いブルーのお洒落な屋根。玄関に飾ってある植木は経営者の趣味だろうか、青い屋根に似合った黄色や薄いピンクの花達。ふと、入り口のドアの横に張ってある張り紙を見た。


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「薬局店・・・?お妙さんは診療所って言ってたけど・・・。でもこれはチャンスですね!さっそく尋ねてみましょう!」


張り紙が張ってある店内に入ってみる。外同様、暖色がかかった暖かな雰囲気な店。棚には所狭しと薬が並べられている。物珍しさからキョロキョロしていると----


???「あら?初めて見るお客さんですね。今日はどんなお薬をお探しですか?」


この声は・・・何処かで聞いた事のある不思議な声。その声を掛けてくれた人物を振り返ってみると、優しそうな印象の年配の女性だった。思い出そうとすると靄がかかってしまい思い出せない。なぜだろう、とてもとても大事なことを忘れている気がするのに。


「あ、突然お忙しい所すみません。外に張ってある張り紙を見てお邪魔しました!」


???「あらあら、それはごめんなさい。私は時雨って言うの。
貴女はどうしてココで働きたいと思ったのかしら?」


「・・・すごく、すごく大切な人達が居るんです。その人達がしている仕事は、時々すごく危ない事もやらなきゃいけなくて・・・。その人達が傷ついた時に少しでも役に立ちたくて・・・」


本当は傷つく所なんて見たくない。だけどあの人達はきっとそれでも恐れず進んで行くのだろう。そんな時、帰りをただ待っているだけじゃなくてその傷を少しでも和らげてあげられれば良いと思う。例えそれが小さな事でも。


時雨「よっぽど大切な人達なのね・・・。明日からさそっそく来てくださるかしら?」


「あ、ありがとうございます!私、 って言います!時雨さん、よろしくお願いします!」


この世界の人達は何て優しいのだろう。お妙さんにしろ、時雨さんにしろ・・・。銀さん、貴方が居る世界は今まで私が知らなかった感情を次々に教えてくれます。本当は、ココに来て嬉しい反面不安も大きかったんです。1年3ヶ月と言う限られた時間で、貴方の為に私が出来る事。とても、とても小さい事だけどやっと1歩踏み出せました。






動き出した時間。すべてはあの人の為に