傍に居られるだけで・・・
第二十四訓 夜空に咲いた華
変わってゆく君が、眩しくて----
新八「おはようございます〜」
「おはようございます、新八君。今日の食事はどうしますか?」
新八「あ、僕今日は姉上と食べたので平気です」
朝、新八が出勤してくると必ずが出迎えてくれて朝食を一緒にとるか聞いてくれる。新八としては、自分で作って食べるより彼女の作る物が食べたいのが本音だが家計の為に一生懸命働いているお妙を蔑ろにするなんて恐ろしい。だから、万事屋で食べる事はなるべく控えている。朝一番に彼女の笑顔が見られるだけで良いと思ってしまうのは、未だに彼女を想う気持ちは変わらないのだろうと新八は苦笑する。室内に入る様にに言われて後ろを着いて行く。その時、新八がふと彼女の黒髪に刺さっている物に目がいく。
新八「アレ?さん簪なんてつけてましたっけ?」
彼女が歩く度に、蒼い羽の2匹の蝶がぶつかり合って綺麗な音が響く。誕生日に貰ったんですと嬉しそうに話す。誰に貰ったと聞いても教えてもらえなかった。僅かに赤い彼女の顔を見れば少しは予想出来たけれど・・・。
新八「すごくさんに似合ってますね」
そう新八が言えば、本当に幸せそうに有難うございますとが言った。悔しいけれど、僕が同じ物を送った所であんなに幸せそうな表情はしないだろう。きっと銀時から貰った物だからこそ、あんな表情をさせる事が出来るのだろうと思う。
銀時と神楽、の3人の朝食が終わり台所で洗物をしているに神楽が駆け寄って来た。興奮しているらしい神楽を優しく落ち着かせて話を聞けば、どうやら
お祭りがあるのだと言う。いかにも神楽が喜びそうなイベントである。日にちを聞けば、丁度その日は朧での仕事も入っていなかった。洗物を終えたは神楽を連れて居間に居るだろう、この家の主の下へ行く。
「銀さん、この日って何か依頼とかありますか?」
銀時「ん?あぁ〜・・・、別にはいちゃいねェよー」
「だったら、皆でお祭り行きませんか?」
ソファーに寝そべってジャンプを読んでいる銀時にそう言えば、視線をジャンプからに合わせ数秒何かを考え込む銀時。彼女に刺さっている簪を一瞥して、再びジャンプに視線を向け別に構わねーよと言ってくれた。
祭りと言えば浴衣だ。が神楽に聞けば持っていないと言う。普段のチャイナ服も可愛いのだが、せっかくの機会だ。浴衣も着せてあげたい。買いに行きましょうかとが言えば嬉しそうに頷く神楽。さっそく支度をしてくると自分の部屋に向かっていった。
「新八君、今日お妙さんは家に居ますか?」
新八「姉上ですか?今日は仕事もあるはずですし、家でゆっくりしてると思いますよ」
「そうですか、有難うございます新八君」
そう言って電話に向かう。その理由は昨日にさかのぼる。仕事があるからと誕生会に来れなかったお妙が、別れ際にに手渡した紙袋。今朝起きた時に中身を見てみると、中には淡い色の蒼い女性物の着物。一緒に添えてあった手紙を読んでみれば女性らしい綺麗な文字。
お妙「普段着の貴女も凛々しくて好きだけど、女性なのだから貴女も偶にはこうゆう着物を着てみると良いわよ。特に意中の人がいるのならなおさらね」
「お妙さん・・・」
お礼を言わなければいけない。落ち込んでいた自分の話を聞いてくれたお妙に。普段あまり使われていない万事屋の電話を握り、はお妙が出てくれるのを待った。
が動く度に簪のぶつかり合う音色が聞こえる。それはけしてうるさい物ではなく、なぜか心地良い音だった。苦労して俺が贈った簪を彼女が嬉しそうに黒髪に刺してくれていると思うだけで、知らずに自分の頬も緩んでしまう。こんなちっぽけな事で嬉しかったり、幸せを感じる日が来るなんてが万事屋に来るまでは思いもよらなかっただろう。にやけてしまう顔を知られない様にジャンプで顔を隠し、音がする度に自然と彼女の方へ向いてしまう自分の視線。が洗物をしに台所に向かってしまうと、漸くジャンプを読むのに集中する。
神楽「銀ちゃん、何ニヤニヤしてるアル。正直、気持ち悪いアル」
銀時「ちょっと神楽、幾らなんでも気持ち悪いはねェだろ!?銀さん良い事あってすんごいご機嫌なの!」
新八「良い事ってさんがしてる簪の事ですか?」
銀時「っ!?な、何のことだか銀さんさっぱりわかんねェなー!」
神楽・新八「分かりやす過ぎ(アル)」
銀時の慌てぶりに呆れた神楽が台所へ向かい数分してと一緒に居間に帰って来た。何でも神楽から祭りの話を聞いて一緒に行きたいと言う。彼女からの誘いじゃなければ、そんな面倒な行事行く訳無いがそこでふと思いつく。確かこの時期の祭りといえば【小福祭】だ。何度か万時屋の依頼で手伝った事がある。祭りの名前の由縁は、祭りが開かれる会場に見事な子福桜が咲き誇りこの辺では結構有名な祭りだった。桜と言えば春を想像する人が多いけれど秋に咲く桜もある。八重桜の様に花びらが普通の桜と比べて多く、花弁の色も白くて少し淡いピンクだ。に見せたらきっと喜ぶだろう。もしかしたら彼女の浴衣も見れるかもしれないと言う期待もあって、誘いを承諾した。
「神楽ちゃん、今日は浴衣だし髪アップにしてみましょうか」
祭り当日、に買ってもらったピンクの花柄の可愛い浴衣を神楽に着せながらが言う。普段の髪型は年相応の顔を見せるが、浴衣を着て一つに髪をまとめて見ると大人びて見える。神楽の支度を終えるとも着替える為に自室に戻った。お妙がの為に贈ってくれた淡い蒼色の着物。思えばこの世界に来て初めて女性物の着物を着るかもしれない。着付けはあらかじめお登勢に聞いていたおかげで何とかなった。支度を終えて部屋を出ようとした時、ふと化粧台の上の物に気づく。部屋を出ようと襖に伸ばしていた手を引っ込め、化粧台の前に座りそれを手に取る。お妙に電話で着物のお礼を言ったあと祭りの話をするとお妙は何を思ったのか、恒道館に来て欲しいとに言う。丁度直接会ってお礼を言いたいと思っていたはお妙の意図が分からなかったが言われるとおり、神楽との買い物が終わったあとに恒道館に向かった。理由は簡単だった。せっかく着物を着るチャンスがやって来たのだから、着物だけではなくお化粧もしなさいと大量の化粧品を手渡されたのだ。
お妙「さんは化粧なんてしなくても素敵だけど、やっぱり女はしたほうが良いわ」
化粧何て、生まれてこの方した事が無かったはお妙に教えてもらった通りしてみた。心のそこで、銀さんが少しでも喜んでくれたら良いのにと思いながら・・・。
「お待たせしてすいません」
そう言って支度を終えたが3人が待つ居間に行くと視線をこちらに向けたまま固まってしまった3人。
「あ、あの・・・。やっぱり似合いませんか・・・?」
3人の様子に不安になり聞いて見ると物凄い勢いで首を横に振って否定する3人。
神楽「とっても綺麗!」
そう言って抱きついてくる神楽。
新八「とっても似合ってますよ、さん」
「有難うございます。新八君も似合ってますよ」
せっかくの祭りだという事で、神楽の着物を買いに行ったけれどどうせなら新八も銀時にも着て欲しいと2人の分も買ってしまった。少しづつ貯めていた貯金が僅かになってしまったけれど、3人の為ならと思い切った。さっきから一言も話さない銀時が気になって視線を向けると、慌てて目をそらす銀時。何時もと違う銀時の様子に気になったけれど、神楽に早く行こうと手を引っ張られてしまい理由を聞く事が出来なかった。逸らされた銀時の顔が僅かに赤かったのを気づいた人間は居なかったけれど。
会場に着くと夜の闇の中に灯された多くの屋台の明かりと賑わう人々。楽しそうな人々の雰囲気にこちらまで楽しくなってくる。から貰ったお小遣いを手に握りさっそく屋台へと走り出す神楽。そんな神楽を追いかける新八。どんなに着飾って大人に見えても神楽はまだ花より団子らしい。クスクス笑うにふと伸ばされた銀時の手。意図が分からなくて銀時に視線を向けて見れば----
銀時「人多いから・・・。はぐれっちまうと探すの大変だろ?あとさ・・・、すげェ似合ってる」
困った様に特徴的な銀髪を片手で掻き毟りながら言う銀時。まさか銀時の口からそんな事が聞けるとは思わず、頬が赤くなるの顔。そんな銀時の優しさに、「はい」っとうなずき銀時の大きな手に自分の片手を重ねる。手を繋ぐのは初めてじゃ無いはずなのに、未だに高鳴る自分の心臓。きっと慣れる事なんて無いのだ。自分が銀時を好きだと想い続ける限りずっと・・・。
神楽の浴衣を買って来たと思えば、新八や俺の分まで買って来た時は正直驚いた。少しだけ奮発しちゃいましたと言った彼女の表情から、祭りを楽しみにしているんだとすぐに分かった。長い病室生活のせいで、人が当たり前に経験する殆どの事を知らない彼女。と言っても世間知らずや我侭では決してなく、どこまでも純粋で優しくて俺の目には光り輝いて見える。きっと俺だけじゃなく周りの人間全てにその光は見えていて、彼女のその光におのずと引き寄せられているんだろう。光は決して自分だけに向けられる事は無い。意図せず周りを照らしてしまう。それが【彼女】なのだ。そんな事を考えているとに着付けてもらった浴衣の神楽が俺達の居る居間に戻って来て嬉しそうにはしゃいでいる。その数十分あとに今では聞き慣れてしまった自分が彼女に贈った簪の音。その音に振り向いた俺は、その瞬間周りの音が全て消えた。淡い蒼色の紫苑の華が描かれた女性物の着物。長い黒髪は着物に合わせて一つに括ってまとめている。勿論そこには蒼い羽の2匹の蝶の簪。化粧をしなくても十分白い肌に、今日は薄い赤い紅を口にさしていた。その美しさは言葉で表す事が躊躇われる。どんな賛辞を贈ったって言い足りない気がするから・・・。
会場は思っていたより人で賑わっていた。から小遣いを貰うやいなや、屋台に猛ダッシュした神楽を慌てて追いかける新八。隣をチラリと見れば、その光景をクスクス笑いながら見ている。俺達をすれ違う男達が振り返っているのには気付いているのだろうか・・・。俺が隣に居るせいで幸い声をかけてくる奴は居ない。には俺が居るんだと周りに思い知らせてやりたくて、我ながら子供じみた理由で彼女の小さな手を握り締めた。華奢な白い手は、自分の無骨な手とは違って柔らかくて・・・。何度も繋いだ事があるはずなのに、俺の心臓はうるさい位鳴り出した。
それはまるで夢の様だった。この世界に来れた事、銀時や多くの人達と出逢えた事、その出来事自体が現実味を感じさせない。今でも自分は夢を見ていて目が覚めたら何時もの見慣れた白い病室の部屋なのではないかと思う事がある。自分が誰よりも想う相手と手を繋いで、色とりどりの出店を回る。そんな恋人同士がする様な小さな出来事だけど、涙が出そうな程嬉しくて切なくて・・・。決意したはずの【別れの時】が来て欲しくない、ずっとこの人と一緒に居たいと私は願わずには居られなかった----
あらかた出店を回った頃、銀時が着いて来て欲しい場所があるとの手を引いて行く。出店の出ている通りのわき道に入れば賑やかだった人々の気配はあっと言う間に無くなり、僅かな月明かりだけを頼りに獣道を2人で歩く。人は暗闇を恐れると良く言うけれど、繋がれた手の温もりのせいか恐怖はまったく感じられなかった。
銀時「着いたぜ」
暗い道のせいで転ばない様にと足元をばかりを見ていたは銀時の声に導かれる様に視線を上にあげた----
「っ!?」
見上げた視界一杯に広がる子福桜の白くて僅かに淡いピンク色の花びら。街灯が有る訳でも無いのに月明かりに照らされた大きな木は仄かに光り、御伽話の中に自分が迷い込んでしまったのかと思う程その光景は幻想的で美しかった。
銀時「ここの祭りには何度か手伝いに来た事があってよ。その時にこの場所を見つけたんだ」
あれは何年か前に、この祭りの手伝いを依頼されて来た時。相変わらずやる気の出ない俺は気分転換でもするかと一人で歩いていた時だ。別に目的があった訳じゃねェけど何かに呼ばれた様に足が向かってこの場所を見つけたんだ。あの時は日も出てたし大きな子福桜の木が1本立っていて、サボるのには丁度良い何て思ってた半面、夜は綺麗なんだろうな程度だった。だけど今年の祭りの話を聞いて、の事を考えていたらこの場所が不思議と思い出された。
「銀さん、有難うございます・・・。私、今日の事一生忘れません」
生きる強さを教えてくれた事。万事屋に受け入れてくれた事。私の知らなかった世界を教えてくれた事。人の優しさや温もりを教えてくれた事。人を想う気持ちを教えてくれた事。全てにお礼を込めて銀時に笑顔を向けた。分かってしまった。どんなに望まない様に、願わない様に気持ちに蓋をしてきても既に遅いんだと言う事が。私は【ココ】に居たいと、銀時の傍にずっと居たいのだと----
そんな時、ドンッとお腹に響くような音が静寂を破った。空を見上げれば夜空に咲く大輪の花火。咲いては散って、咲いては散ってゆく。
「綺麗ですね・・・」
銀時「そうだな・・・」
繋がれた温もりを感じながら、2人は色とりどりに咲く花火を終わるまでずっと見つめていた----
「そろそろ帰らないと、新八君も神楽ちゃんも心配しますね・・・」
花火が終わってもお互いすぐに動こうとはしなかった。自身、このまま銀時とここに居たいと思っていたけれど新八や神楽に心配させるのは嫌だった。名残惜しいけれどそう銀時に声をかけた。しかし、銀時からの返事が無い。表情を伺おうと銀時の前に立つと、不意に自分の左頬に添えられた大きな手。
「ぎ、銀さん・・・?」
見詰め合うの黒い瞳と銀時の紅い瞳。落ち着き始めていた心臓の鼓動が一際大きく高鳴った----
2人で花火を見ながら、俺は一生忘れませんと笑った彼女の表情がどうしても忘れられなかった。蕾が華を咲かす様にどんどん美しくなる彼女。初めて逢った頃から美しいのは変わらないけれど、内面的な物も含めて彼女はどんどん人を引き付ける存在になっている・・・。を困らせたくなくてもう少し先延ばしにしようとしていた彼女への【想い】。焦っていたのかも知れない、俺以外の男が彼女を攫って行ってしまう。本当に届かない場所に行ってしまうと・・・。1度でもそんな予感めいたものが頭を過ぎると堪らなくなっていつの間にか彼女の頬に触れて俺は一言だけ呟やく様に囁いていた----
銀時「・・・。お前ェが好きだ」
そう、この時私の世界は本当に止まっていたのかもしれない。銀時の切ない瞳と決して聞けるはずの無い言葉。止まってしまった世界の中で月明かりだけが、この先の運命を見守るように2人を照らし続けていた----
貴方の
瞳
と
言葉
に、息をする事さえも忘れてしまう